「俺はあなた達がうらやましいんです。俺は自分が人間だとは思えない。人間じゃない自分を見られたら、一緒にはいれなかった。あのまま、どこかで暮らしていけたら良かったのに。離れたくなんかなかった、あの子も泣いてた。でも、それでも化け物みたいな自分を見られたら一緒にはいれなかった。人間としてあの子のそばにいたかった。人間じゃなくなったらそばにはいれなかった。あれ以上巻き込みたくなかったのも本当です。でも、それよりも強い気持ちで、そう思ったんです。だから、離れたんです。」

翔は一息にそこまで言うとこちらの顔をじっと見つめる。

「あなた達は、それは弱いだけだと、逃げただけだと笑いますか。」

小学生らしからぬ物言いをする子供だが、表情から読み取れるその意思の根源には、幼さがしっかりと残っている。つまり、自分の行動を後悔したくはないが、迷っていて、確かめたくて、あわよくば認めて欲しいのだ。だが、そこにはやはり小学生らしからぬ切実さが漂っている。

白い大きな大きな鳥が、その背に渉を乗せて飛んでいた。
渉がここにいたらどんな事を思うんだろう。何て言うんだろう。

いずみは考えるがすぐに断念する。到底分かるはずもない、いずみは人間だからだ。

渉もこの少年も、いずみには人間にしか見えない。難しいことはいずみには分からない。
でも、彼等が魔法のような力を持っていて、彼等にしか分からないような苦悩を抱えていて、自分と彼等は圧倒的に違う。それは痛感していた。
人の姿をして人ならざる力を使う。いずみにとって彼は小さな魔法使いだった。

果たして自分は彼に何を言ってあげられるのだろう。
傷つき悩んでいる年下、しかも小学生相手なら、ひたすらに慰めてあげるべきかとも思ったが、何となく、この子供相手には正面から向き合って本音を言った方が良い気がした。それすらも、自分の思い上がりではないかと不安になったが、口を開く。

「笑ったりは、しないよ。悩んで出した答えなら、好きにすればいいと思う。君達はいっしょにいられなかった。私達は離れられなかった。それだけの違いで、どっちが良いとか偉いとかは、決めちゃいけないんじゃないかな。」

何せ、見た目はただの子供であるおかげで、結局は諭し、言い含めるような言葉になってしまった。しかもこれでは何も回答していない。要は自分で決めなさいと、やわらかく言い換えただけだ。こんなはずでは、といずみは改めて心の中で首をひねる。

だが少年は何かしら納得を得たようで、どこか嬉しそうに苦笑いをして、それ以上問い詰めたりはしなかった。

鳥が遠くに降り立つ。羽ばたきは静かだが大きく、ここにまで強い風が吹いてきた。その背に乗っていた若い男は降りると真っ直ぐこちらへ駆け寄ってくる。ことさら焦った様子ではないが、その行動は敏捷で無駄がない。

「おかえり、大丈夫?」
いずみが渉に問いかける。
渉は息ひとつ切らせていないし、ここまで駆け寄ってくる様子を見れば怪我などない事は瞭然だが、問わない訳にはいかない。
日々の挨拶と同じようなものだ。
だから渉も、幾分表情を和らげていつも通りに答える。
「ただいま。大丈夫だ。」

だが、すぐに渉は翔に向かって告げる。
「ありがとう、助かった。だが、まだだ。」
翔もそれは承知のうえで、はい、と短く答える。そして渉といずみの顔を交互に見て、眩しそうに笑って、言った。
「あなた達がうらやましいというマスターは意外と多いと思いますよ。『日常』を守る力を手に入れたら、『日常』の中にはいられなくなる。誰も出来なかった事をあなた達はやってしまったんですから。」

いきなり、聞いていなかった会話の続きをされて驚くのではないかと、いずみは渉の顔を見る。
彼も流石に怪訝な顔をしていたが、何か思う所があったようだ。
「ああ。」
それだけ言って、うすく笑った。

やはり彼等にだけ通じる何かがある。いずみは安心と、僅かに切なさを感じて無意識に自分の掌を握り締めた。

翔は全身のDTの活動を再開させる。
当然いずみはそれに気付かない。

「だから、俺はあなた達を助けます。」









*********

時系列とかは気にしない!
衿子はこの後翔と再会しても良いし再会しなくても良い。
ごく普通のひとと結婚して普通に幸せになる衿子。
さようなら私の初恋。



2010/9/15



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